音楽で戦争を止めた?【 ボブ・マーリー (Bob Marley)】とは

bobmarley
皆さんも一度は耳にしたことがあるはず、ミュージシャン、ボブ・マーリー(Bob Marley)

 

彼に対するイメージは僕もなのですが「めっちゃ凄いレゲエミュージシャン」と、曖昧やけど凄い人ってイメージだと思います

 

僕が実際にジャマイカに訪れて初めて知ったボブ・マーリーのはっきりしたすごさをご紹介していきます

 

“ボブ・マーリー”(Bob Marley)の簡単な生涯

 

  1. 1945年にジャマイカで生まれる
  2. 17歳の時に音楽活動を始め、19歳の時にジャマイカシングルチャートの一位をとってミュージシャンとしてブレイク
  3. (長い間、音楽活動を続けてジャマイカの国民のほとんどの人が彼のファンになる)
  4. 33歳の時(1978年)にジャマイカのキングストンで「ワンラブ・ピース・コンサート」コンサート開催。後に国連から「第三世界平和勲章」を与えられる
  5. 36際と言う若さで亡くなる
  6. 死後:伝説のレゲエミュージシャンとして語り継がれている

 

ざっとこんな感じです。

 

1970年代のジャマイカは一触即発の内戦

 

まずは1970年代のジャマイカの情勢について知らなければなりません。

 

彼が世界的に活躍していた頃ジャマイカでは内戦が起こっていました

 

内戦の理由は、「政治」です

 

ジャマイカの二大政党の「ジャマイカ労働党(JLP)」と「人民国家党(PNP)」が対立して内戦が起こっていました

 

日本の「自民党」と「民主党」で考えると分かりやすいです。

 

ここで問題なのが、ボブ・マーリーとこの内戦の関係性です。

 

彼はジャマイカ人にとって国民的スター

 

彼がどちらかの政党を支持する発言をすれば、国民は一気にその政党を支持するようになります

 

それくらいの影響力が彼にはあったのです。

 

彼の影響力で不利な状況を持ち込まれたくない両党はボブマーリーを暗殺をしようとします。

 

結果的に暗殺は未遂で終わったのですが、狙撃され重傷を負い、命の危機を感じてジャマイカから亡命しました。

 

そして2年後に、国連から「第三世界平和勲章」を与えられることになる伝説のコンサートに出演するためにジャマイカに戻ってきます。

 

ボブ・マーリーのここが凄い!戦争を止めた伝説のコンサート

bobmarley
彼が育ったジャマイカの首都キングストンで行われた「ワンラブ・ピース・コンサート」(後に伝説のコンサートと呼ばれる)に出演します。

 

このとき、コンサートを見に来ていた「ジャマイカ労働党(JLP)」と「人民国家党(PNP)」の党首をステージ上に招き、和解の握手をさせたのです

 

そして、「ジャー・ラスタファーライ(私たちは神と共にある)」と祈りました

 

このコンサートの後、長い間対立していたジャマイカの内戦が収束していき戦いが終わったのです

 

ボブ・マーリーは音楽で戦争を止めた

 

これが伝説のコンサートと言われる由縁です▼

 

まとめ

レゲエの音楽を通して戦争を止めるほどの影響力を持つボブ・マーリー

 

亡くなってからも人に影響を与える彼はいろんな人から愛されるのはもはや必然ですよね

 

この機会にボブ・マーリーが伝えてきたレゲエを聞いてみてください

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA